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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)3号 判決 1958年6月24日

原告 三和ミシン製造株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三十一年抗告審判第八二三号事件について、特許庁が昭和三十二年十二月九日になした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、訴外森本正明は、昭和二十九年二月二十四日別紙記載のように「SINKA」のローマ字を左横書にして構成してある商標について、「第十七類ミシンその他本類に属する商品」を指定商品とし、その有する登録商標第三二四一〇九号(「進化」の文字から成る)、同第三三三五四一号(「新花」の文字から成る)、同第三三三五四四号(「新華」の文字から成る)の連合商標として、その登録を出願した(昭和二十九年商標登録願第四五三六号事件)。右「SINKA」の商標はすでに「進化」、「新花」、「新華」等の前記登録商標を有する出願人が、これら登録商標の自然の発音である「シンカ」を唯ローマ字化して、連合商標として出願しただけの事案であるから、これが審査に当つた審査官も、拒絶の理由を発見しないものとして、出願公告決定をなし、昭和二十九年十月十四日同年第二一一六四号を以て出願公告がなされた。しかるに右出願公告に対し訴外ゼ・シンガー・マヌフアクチユリング・カムパニーが登録商標第一二七三五〇号、同第二八一六八四号、同第二八三三七九号、同第二九四六七〇号を引用して登録異議の申立をしたところ、審査官は右異議の申立を容れ、昭和三十一年四月四日本件の出願について拒絶査定をなした。これにより先訴外三和ミシン製造株式会社(奈良県北葛城郡王寺町に本店を有する。)は昭和三十年一月十四日出願人森本正明から、前記登録にかかる商標権とともに、本件の出願によつて生じた権利を譲り受け、次いで原告は同年三月十一日再び同会社からこれらの権利を譲り受け、いずれも当時特許庁に対し名義変更の手続を了していた。よつて原告は昭和三十一年四月二十七日右拒絶査定に対して抗告審判を請求したところ(昭和三十一年抗告審判第八二三号事件)、特許庁は昭和三十二年十二月九日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月二十四日原告に送達された。

二、審決は登録第一二七三五〇号商標(第十七類裁縫機械を指定商品として、大正十年四月六日に登録がなされ、その後存続期間更新の登録がなされている。)を引用して、右登録商標は「シンガー」の仮名文字をゴジツク体で縦書にして構成されておるが、これと原告の本件商標とは、その呼称が極めて紛わしく、その称呼において取引上混淆を免れないから類似の商標であるとし、商標法第二条第一項第九号を引いて、本件商標は登録すべからざるものとしている。

三、しかしながら、右審決は、通常の常識においてはつきり区別がつき、毫も混同されるおそれがない称呼を、「混淆を免れることのできない称呼」と断定した点において違法で取り消されるべきものである。

すなわち、原告の本件出願の商標は「SINKA」の文字から成るもので、その称呼が「シンカ」であることは、これの連合すべき原登録商標の「進化」、「新花」、「新華」の各場合と全く同一である。これに対し引用の登録商標は、「シンガー」の文字から成るもので、前者と後者との間には、(一)短音と長音との差の上に、(二)清音と濁音と濁音との差が併存加算されている。いま特許庁の既登録例を見るも、「オーダー」(登録第四〇〇三六三号)と「太田」(登録第三九七一五八号)とが、また「サンデー」(登録第四四四七三四号)と「サンテ」(登録第二二三四六六号)とが、それぞれ同一商品について、登録供存されている。言語で生活する人間の社会において、清音と濁音の差のみでも、或いはまた長音と短音の差のみでも、単語の甲乙を区別して混淆しないのが普通の状態であるのに、この二つの差異が競合加算された場合には、両単語の区別は最早絶対可能といつても敢て不可なく、さればこそ前記の「オーダー」と「太田」、「サンデー」と「サンテ」とが混淆するところのない商標として登録され、何人もこれを類似と考えるものはない(同様の事例は枚挙にいとまがない。甲第十一号ないし第三十一号証の各一、二参照。)。本件の「SINKA」(シンカ)と「シンガー」の場合においても、右の場合と全く選ぶところがなく、従つてこの両者は、普通常識上明確に区別され、発音による混淆など到底あり得ないところである。

しかのみならず、本件商標の連合する原登録第三二四一〇九号においては、「進化」の文字に併記して「SINKA」の文字をも既に登録している。いかに「シンガー」ミシンが著名であるからといつて、このようなものにまでその権利の範囲をひろげて判断するのは、行き過ぎといわなければならない。

ことに引用登録商標の「シンガー」が生粋の西洋語で「バタ臭い」発音であるのに対し、本件の商標の称呼「シンカ」は純東洋的でそうした「バタ臭さ」を微塵も感じないという音感上の相違は、根本的な大きな相違として看過することはできない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

原告の出願にかかる本件商標の称呼「シンカ」及び引用登録商標「シンガー」の称呼はともに三音よりなり、両者の称呼はその二音を全く同じくし、他の第三音も極めて近似する音であるから全体として呼称する場合取引上混淆を免れないものである。

原告は、特許庁における既登録例を挙げて、本件出願商標と引用登録商標とが類似しないものであると主張しているが、これらの例はいずれも他の事件に関するものであつて、必ずしも本件の場合の類否判断の基準となるものではない。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実とその成立に争のない甲第一号証及び乙第一号証とを総合すると、原告の出願にかかる本件の商標は、別紙記載のように「SINKA」のローマ字をゴシツク体の書体で左横書にして構成されており、また引用の登録商標は同じく別紙記載のように、「シンガー」の仮名文字をゴシツク体で縦書にして構成されており、米国法人訴外ゼ・シンガー・マヌフアクチユリング・カムパニーのため、第十七類裁縫機械を指定商品として登録されているものであることを認めることができる。

よつて右両商標が類似するかどうかを判断するに、本件出願商標から「シンカ」の称呼が生じ、引用の登録商標が「シンガー」と呼ばれることは、前記構成から明白であつて、右両商標から生ずる前記両称呼を抽象的に対比すれば、或いは原告代理人の主張するように、判然と区別され、混同するおそれがないものであるかも知れない。しかしながら引用にかかる登録商標「シンガー」は、先に認定したように、米国法人ゼ・シンガー・マヌフアクチユリング・カムパニーが第十七類裁縫機械を指定商品として登録しておるものであるところ、同会社の製造にかかる裁縫機械が、「シンガー」又は「シンガーミシン」の称呼を以て、ひとりわが国ばかりでなく、広く全世界を通じ、最も著名な裁縫機械(ミシン)として取引されていることは、当裁判所に顕著なところである。いまこのことを念頭において、原告の出願にかかる商標「SINKA」が、その指定商品であるミシンに使用されている場合を考察すると、その称呼「シンカ」は、ミシンにおいては最も著名な商標「シンガー」と、ともすれば、誤まり聞き取られ、此れを彼れと思い違えるような事態の発生することが、決してすくなくないものと解せられる。このような事情のもとにおいて観察すれば、右両商標は類似するものと判断せざるを得ない。

原告代理人は、特許庁における幾多の登録例を引いて、本件における両商標が類似するものでないことを主張するが、その多くは(甲第十号証から第三十一号証までの各一、二、ただし第十五号証をかく。)それら商標について果して本件におけるような特殊な事情が存するものであるかどうかが不明である。またその成立に争のない甲第五ないし第七号証の各一、二によれば、原告は本件出願商標の連合する商標として

進化

SINKA

シンカ

(登録第三二四一〇九号)、「新花」登録第三三三五四一号)、「新華」(登録第三三三五四四号)の各商標について、いずれも「第十七類裁縫機その他、他類に属しない機械器具及びその各部」を指定商品として登録されておることが認められ、これら登録商標からも、本件の「SINKA」と同様に「シンカ」の称呼を生ずることは疑のないところであるが、このことは却つて大正十年四月六日に登録された登録第一二七三五〇号商標(甲第八号証の一、二)との関係において、これら商標登録の効力について疑義を生ぜしめることはあつても(尤もこれら商標については、いずれも登録の日から五年を経過している。)、そのために、前記判断を左右せしめるものとは解されない。

以上の理由により、原告の出願にかかる本件商標は商標法第二条第一項第九号に該当し登録することができないとした審決には、原告主張のような違法は存しないと認められるから、これが取消を求める原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条に適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

本件出願商標<省略>

引用の登録第127350号商標<省略>

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